「標準化」の歴史

| コメント(0)
スクリーンショット 2019-12-01 21.17.08.png





























北海学園大学の澤野雅彦教授より「標準化」の歴史を学んだ。
今では考えられないことだが、戦争状態にあったナポレオン時代の大砲は
砲身の大きさ、口径がバラバラだったらしい。
大きさの異なる各々の大砲に合わせて、砲丸が造られていた。

信じられないですよね。
従って撃つチャンスがあっても、その大砲用の玉が無くなったら
大砲は宝の持ち腐れになっていた。
そのことに疑問を持ったナポレオン軍のO.ブラウ砲兵隊長が、
どの大砲でも撃てるように大砲と砲丸の標準化を計画して成功した。

しかし、ナポレオンの失脚とともにフランスでの武器製造は、
熟練工による「一品生産」に戻った。
(職人根性って、どの国でも凄いですね〜、作品を作りたいのでしょうね)

刑務所で細々と続けられていた互換性生産を駐仏大使T.ジェファーソン
(後の3代アメリカ大統領)が見て、アメリカに持ち帰った。
「標準化」開発は武器やミシン、自動車に応用されて大量生産が可能になった。

現代人にしてみれば当たり前ですが、
当時とすれば大きなイノベーションですね。

コメントする

このブログ記事について

このページは、wincleが2019年12月 1日 21:24に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「もつ鍋屋さんのボトルネック」です。

次のブログ記事は「中能登町織物デザインセンター」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.23-ja