2019年12月アーカイブ

戦闘機乗りの心がけ

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知り合いの元自衛隊パイロットに教えてもらった。
普通の職業と異なり、いつ死ぬかもしれない危険な業務

3つのことを心がけていたという。

1.整頓する。
万が一、死亡した時、遺族が遺品を引き取りにくる。
その時に備え常にキチンとしておく。

2.モノへの感謝
当時は戦闘機に対して、今も車に対して
安全で走れたことに感謝の意味で車を降りた時に
「ありがとう」と会釈する。

3.笑顔で見送る。
 出勤時、カミさんには笑顔で送り出してもらう。
 仮に前夜に喧嘩していてもお互いに笑顔で別れる。

※職場でパフォーマンスを発揮させるには職場環境を整える。
 社員を輝かせるからシャインになれる。

 落ちないオチまで教えてもらえました。(笑)


学校の常識に壊した改革者
民間出身者かと思いきや、東京理科大卒業後、山形県と東京都の公立中学校で教諭をされていた。
ルールを守らせることに躍起になっている先生が多いと感じた教員時代の疑問を活かして、
最上位の目的思考で千代田区の麹町中学校を改革した。
社会に出た時に役立たなければ学校の意味はない。


対話を通して目的を達成する。
仲良くならなかったら解決しないのであれば、
仲良くなれない人とは仕事ができない。
どう協力すればよいかを覚えなければならない。
合宿を通して1つのテーマをチームで話し合って発表させてゆく。

目的がない行事や教育を積み重ねるのは大人が考えるよりも子供達にとって罪。

・宿題廃止
 自分の学力を上げる為なら塾の宿題をしても良い。

・一時期に集中する定期テスト廃止
 テストは再テストを行う、ほぼ同じ試験内容なので理解してないとわかったことを
 学習することで点数が上がる。
 優劣つける評価の為のテストでなく、理解度を確かめる為のテスト

・担任制の廃止
 8人の教諭で4クラスの面倒をみる。
 生徒は相談内容に合わせて先生を選んで相談する。

などなど、
この考え方を学び、取り入れているのが地元の西南部中学。
悪い方に向かったらどうするのか?
責任取れるのかとの反対意見もあったそうだが、
閉鎖的な金沢でやってみようと真似る力は凄いと思った。

ちょっとの一言

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師走の影響なのか、歯科クリニックへ向かうも
想定以上に道が混んでおり「少し遅れます。」と一報を入れておいた。
実はうっかりミスでアポを一度流してただけに申し訳なさもあった。

今朝は冷え込んでいて駐車場から歩くうちに、オシッコしたくなってきた。
受付に入った瞬間「おはようございます。どうぞこちらへ〜」
(お待ちしてました〜)
の雰囲気になって、トイレに行きづらいな〜と感じた瞬間、
「お手洗いを済ませておかなく大丈夫ですか?」の一言。

素晴らしい。

顔に書いてあったかな(笑)

先月、金沢で開催した「解決志向のホリスティック・コミュニケーションセミナー【ビジネス応用編】」
先約があって参加出来なかった方よりメールを頂戴した。

ーーーーここからーーーーー
セミナーには参加できませんでしたが黒丸尊治先生の書籍を読みました。

『人の心を機械のように扱い、クライアントの問題点とその解決策を探るアプローチではありきたりのアドバイスしか与えることができず、うまくいかない。
そうではなく「うまくいくときはどんな時?」という質問をなげかけることで、解決の糸口が見える』
ということが書かれていました。

問題解決思考だと「もっと自分に自信を持たなければ」などと
抽象的に総括してしまいがちです。
先日ある会合で初対面の方との会話では出来ているところにフォーカスをあてたところ、
「そうか、次から〇〇すれば良いのだ」という解決策が浮かびました。

早速役に立っており、ご紹介頂き感謝しております。
さらに磨きをかけて、日々の顧客対応にまで応用できればと今は考えております。
ーーーーここまでーーーーー

いや〜、嬉しいですね〜
^o^
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中能登町の織物デザインセンター
https://nakanoto-dc.jp/

1Fには、織機が展示してある。
若い頃、織工(しょっこう)さんとして働いていたおばちゃんが、
懐かしがって織機を見に訪れることもあるとのこと。

写真だけでなく、実物が残っているのは良いですね。

「標準化」の歴史

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北海学園大学の澤野雅彦教授より「標準化」の歴史を学んだ。
今では考えられないことだが、戦争状態にあったナポレオン時代の大砲は
砲身の大きさ、口径がバラバラだったらしい。
大きさの異なる各々の大砲に合わせて、砲丸が造られていた。

信じられないですよね。
従って撃つチャンスがあっても、その大砲用の玉が無くなったら
大砲は宝の持ち腐れになっていた。
そのことに疑問を持ったナポレオン軍のO.ブラウ砲兵隊長が、
どの大砲でも撃てるように大砲と砲丸の標準化を計画して成功した。

しかし、ナポレオンの失脚とともにフランスでの武器製造は、
熟練工による「一品生産」に戻った。
(職人根性って、どの国でも凄いですね〜、作品を作りたいのでしょうね)

刑務所で細々と続けられていた互換性生産を駐仏大使T.ジェファーソン
(後の3代アメリカ大統領)が見て、アメリカに持ち帰った。
「標準化」開発は武器やミシン、自動車に応用されて大量生産が可能になった。

現代人にしてみれば当たり前ですが、
当時とすれば大きなイノベーションですね。

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