中曽根康弘元首相:101歳で逝去

| コメント(0)
スクリーンショット 2019-11-29 23.01.18.png
今日はこの話題に触れざるを得ないでしょう。
国会議員に当選後、まだ若かったころから地元群馬の鉄道沿線に
「中曽根康弘を総理大臣にする」との看板を掲げていたと聞いたことがある。

また、私が学生時代(40年前)の記憶として、
気象庁の天気予報があまりにも外れるので
「何とかせい!給料泥棒ではないか!」
とハッパをかけたとの新聞記事を覚えている。
自分の感覚的には半年後あたりから、的中率が上がったように感じたので
役人の仕事とはいい加減なものだと思った。

国鉄の民営化に際して、地域別に分割した理由がよくわからなったが
後に労働組合(国労)の力を削ぐ為だったと聞いて戦略家だな〜と思った。
さらに後に、参謀として瀬島龍三氏を活用していたと知り納得した。
(小矢部出身の瀬島氏は山崎豊子の不毛地帯の主人公)

戦後の日本を前進させた首相であることは間違えなく、
後をつぐ政治家が出てくることを期待したい。



コメントする

このブログ記事について

このページは、wincleが2019年11月29日 23:01に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「働き方改革」です。

次のブログ記事は「もつ鍋屋さんのボトルネック」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.23-ja