「学ぶ」と「研究」の違い

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「学ぶ」の語源は諸説があるらしいが「真似る」が一つ。
「武道、華道」等の修行、「守破離」の
・守:基本の部分
 徹底的に真似る、師匠の教えを素直に何の疑いもせずに受け入れる。
 素直さが大切

一方で「物事は疑ってみることが大切」との教えもある。
これは「学ぶ」と「研究」を区別していないからと教わった。

現場では「何故だろう〜」「ほんとかな〜」との視点で見ることはとても大切
印象に惑わされて、感情で判断を誤ったりしかねないから、
客観的にファクト(事実)を抑える。
仮説を検証してゆくことが事業発展でのポイント。
ビジネスは実験感覚で楽しんでやるのが良い訳で、ある意味では「研究」

原理原則、基本があった上で次の「学び」で大切なのは、
・破:応用
・離:自由、独自性
この順番を間違えないこと。

「守」の段階で、ほんとかな〜との気持ちで接してると、いつまで経っても身につかない。
ポイントは今までの経験や固定観念をキレイさっぱり捨てること。
空のコップに新しい水を入れるのか?
コップに古い水を残したままで、新しい水を注ぐのか?

経営が上手くゆかない人は、素直さが足りない人が多い。
つまり個性(独自性)と基本をごっちゃにしている。

縦軸にあたる経営の原理原則は素直に受け入れ、独自性ある市場を創出させてゆく。
そして、
横軸の変えて良いテクニック部分を研究対象とする。

このように区別して捉えると良いかもしれないですね。

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このページは、wincleが2018年5月10日 09:20に書いたブログ記事です。

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