川上嘉市氏の『人生経営』より抜粋です。
とても大事な事がシンプルに書いてある良本ですが廃刊となって入手できません。
自分に対しても理解を深める為にタイピングしました。
「人生は創造である。創造の無い人は生きる価値が無い」と。
これは、私の平素の信条である。宇宙は神の創造であって、神の創造になる凡ゆる生物の中で、人間は最も靈妙なものであるだけに、人間ほど独創力をもっている動物は外には無い。
従って私には独創力が秀でたもの程値打ちがあるように感ぜられる。
また実際に人生を送る上に於いて、すべての問題を独創的に考える時に始めて世の中は生き甲斐があり、且つ日々が興味があるように考えられる。
禅の言葉に「一日作さざれば食う可からず」と言う言葉がある。「作す」とは禅の言葉で「作務」と云い、毎日毎日の仏様へのお勤めの事であるが、私はこれを「1日作らざれば食うからず」と読むのもいたって面白いと思う。それは人生は創造であると云う考え方からであって、そうすれば毎日毎日する事が創造であると云う解釈になって来る。
よく工場等で、長年同じ仕事を受け持っていながら、何一つ新しい発見も、工夫改良もしないで20年、30年を機械の番人の如く平々凡々に過ごしている人が多いが、これでは一生が無意味とまでは言わなくとも意味が少ないと思われる。しかし我々が1日の中で何か一つ位どんな小さな事でも創造しなければ食っていけないと云う位に真剣な考え方でやれば、誰にでも必ず何かの創意工夫が生まれてくるであろう。そうした時に始めて人生は生き甲斐がある楽しいものとなるであろう。
私の友人に何事にも間に合わせ主義をとる人がある。
ある時その人の家に行ってみると、入口の扉に錠前が無いので、風の為にバタンバタン吹き飛ばされない様に、薪の束で外側からつっかい棒がしてあった。そして5年も6年もそのままにしてあった。これでは開閉の都度一々動かさなければならないし、第一、人の出入りする場所に薪のある事は邪魔で目障りにもなる。もし最初から薪束代わりに錠前を取り付ければ、10分か20分で問題は永久に解決してしまうのにと、見ている私でさえ歯がゆさに堪えないので、この友人に「無精庵行きあたりばったり居士」と云った。
(中略)
この例のように甚だしくなくとも、何の気なしに行っている日常茶飯の事柄の中にも、日々その場逃れの取りつくろい策を以て事足りとする習慣がついてしまっている人達はどれ程多いか分からない。総ての事を注意深く見る人には、どんなことがらの中にも必ず新しい工夫とか、創意とか云うものを見出す事が出来るものである。
創意の為の第一要件は、仕事を未解決のまま放りっぱなしにして置かずに、不便な事や不都合な事に出会った時は、どうすればこれを改善する事が出来るかと直ちに考えて、根本的に解決せしむる最善の方法を即座に工夫する事である。
その場限りの間に合わせ主義や、放任主義を絶対に排する。即ち「すべての事を徹底的に考えて、それを即座に改善して行け」と云う事が創作の根本精神である。物事を深く考えれば、工夫改良の余地が無いと云う事は絶対に一つでも無いはずである。

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